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2020.11.04 MeetUp

【Expert Pitch #4】JR東日本のMaaSの取り組み

~人を起点にしたサービスデザインにチャレンジ~

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MaaSの最前線で活躍するエキスパートをゲストに迎え、事業開発のヒントとなるインサイトをお伝えする「Expert Pitch」。第4回となる今回は、東日本旅客鉄道株式会社 MaaS・Suica推進本部 MaaS事業部門 鷲谷 敦子 氏より「人を起点にしたサービスデザイン」をテーマに、MaaSという手段を取り入れながら将来に向けてどのような奮闘が行われているのかじっくりお話を伺いました。

JR東日本のMaaSの取り組み
~人を起点にしたサービスデザインにチャレンジ~

東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本) MaaS・Suica推進本部 MaaS事業部門
鷲谷 敦子 氏

MaaSという言葉が浸透する前にビジョンを発表

JR東日本でMaaS事業部門を担当している鷲谷氏は、ITプロフェッショナルとしてではなく、旅行業やグループ会社経営等の経験を経て2010年6月に異動したところからITの世界に入りました。業務内容は主に社内外とのコラボレーションをまとめていくことで、技術についても勉強しながら楽しく仕事をしていると言います。

「企業としては、地域のみなさまの生活を支えるのが大事なミッション。当社は鉄道だけでなく交通系ICカード事業、ホテルや店舗などの生活サービス事業と幅広い業務に関わり、東日本エリアのお客さまの元気で楽しい生活を実現することを目指してまいりました。MaaSにおいてもそれは変わりません。MaaSという新しい考え方とITテクノロジーを使い、地域のみなさまの豊かな生活の実現に向けて取り組んでいます。」

グループでの経営ビジョンとしては2年前に「変革2027」を発表しています。その中で、検索と手配と決済を一元化したサービスを提供する、つまり”JR東日本がMaaSをはじめる”ということを謳っていますが、当時はまだMaaSという言葉が浸透しておらず、「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」という造語で表現しました。

その後、あちこちでMaaSという言葉が使われるようになり、たった2年であっという間にメジャーになったことに鷲谷氏自身は驚いたと言います。

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2018年に発表した「変革2027」では、まだなじみの薄かったMaaSという言葉の代わりに「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」という造語で表現した。

世界が基準とするMaaSのレベルは日本にあてはまるのか?

JR東日本のMaaSは「都市」「観光地」「地域」と大きく3つのシーンに分け、場面に応じたサービスを提供することで移動を促し、人々の生活を支え、地域活性化を図ることをミッションとしています。

2016年にヘルシンキでMaaSアプリ「Whim」がスタートし注目されましたが、民営による多数の公共交通が多くのお客さまに利用されている日本とは状況が異なることから、それらと単純に機能やサービスを比較することはせず、地域の課題やニーズに着目し、人を起点にしたサービスデザインを目指しています。

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JR東日本のミッションをまとめたもの

「当初は、よく引用される『0〜4段階のMaaS実現レベル』と比較していましたが、よく考えると日本では検索も予約も決済もそれぞれすでに浸透したサービスがあること、交通系ICカードに至っては交通機関だけでなくコンビニでも使え、また鍵の役目もするということに気づきました。ただ、それらがストレスなく繋がっているかというと必ずしもそうではない。そこで、すでにあるサービスを大事にしつつ、いかに便利に使ってもらえるかという考え方で、暮らし方全般を対象としたMaaSを目指すことにしました。」

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JR東日本が目指すMaaS

システムありきの考え方からアジャイルへの転換

2020年6月23日にMaaS・Suica推進本部が発足し、その中にSuica、データマーケティング、決済、MaaSという4つの部門が設けられました。「人を起点にしたサービスデザイン」を目標に掲げて取り組んでいますが、鉄道事業者にとっては大きな挑戦だと鷲谷氏は言います。

「例えばこれまでは、『きっぷを予約するシステムを作ろう』というように個別の目的を達するためのシステムを考えてきました。ところが、MaaSはこれから生まれてくるサービスで誰も正解を持ち合わせていません。また同じ人であっても、仕事中、休日の近場の移動、遠くへの旅行、といったシーンによって求める情報やサービスは異なります。ですから、個別のシステムをガチガチに作ってしまうと対応できません。さらに急速なテクノロジーの進展や社会の変化にも合わせてその時に必要とされるサービスを柔軟に提供していくためにも、ウォーターフォール型ではなくアジャイル型でプロダクトづくりを進めようとしています。これは、事前のきっちりした計画に基づいて駅などの施設をつくっていく鉄道事業の仕事の仕方とは大きく異なるのです。」

目的にあわせてチーム構成も変える必要があるため、現在、社内には鉄道事業で必要な指揮命令系統がはっきりしたチームと、技術やニーズにフレキシブルに対応するフラットなサービスクリエイティブ型のチームの両方があります。サービスクリエイティブ型のチームメンバーは必要な時に必要な技術を持った人で構成できるよう、できるだけ柔軟に対応していくことを目指しています。

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社内では2つの異なるチーム構成を混在させることで適切な対応を目指している。

公式アプリの大幅リニューアルで他社とも連携

後半ではJR東日本で進められている実証実験を中心に具体的な取り組みが紹介されました。

MaaSの主要な役割を果たすアプリについては、以前から提供しているJR東日本の公式アプリを2019年4月に大幅リニューアルし、機能を絞り込んでデザインも全部変えるという英断に踏み切りました。以後は2週間に1回という短いサイクルでアップデートを繰り返し、東北などで行っている観光型MaaSへの誘導の役割も果たしています。今後は、シェアバイクやタクシーと連動するアプリ「Ringo Pass」との連携も検討しています。

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MaaSの主要な役割を果たすJR東日本公式アプリを大幅にリニューアルし、他のサービスへも誘導できるようにした。

大きな特長としては、リアルタイム経路検索、列車の混雑情報の提供、各航空会社の予約サイトとの連携などがあります。本来なら鉄道のライバルでもある航空会社と連携するのは、お客さまに便利で快適な移動を提供したい、そのために選んでいただけるアプリになりたい、という想いからだと言います。今後も、本当にニーズがあるか、様々な実証実験を行いながら機能の改善を進めていきます。

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新しい機能は実証実験をしながら搭載している。

2018年9月から限定的に実証実験をスタートさせ、2020年1月に一般公開された「Ringo Pass」は、各種モビリティサービスをワンストップで利用できるアプリです。鉄道会社が直接提供できない、列車に乗る前と後のラストワンマイルをサポートする機能を提供し、複数のサービスの決済を一元的に行うことができます。

今後もパートナーを拡大していくのはもちろんですが、現在、東京海上日動火災保険とは、自動車事故発生後に代車としてレンタカーを手配する以外に、「Ringo Pass」で公共交通も使えるようにしたらどうか、といった実証実験の検討もしています。

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ラストワンマイルの移動サービスを統合して提供する「Ringo Pass」を配信。

東日本エリア外でもサービスを提供

MaaSでは「いかに使っていただくか」という観点も重要になります。鷲谷氏からはJR東日本が進めている少し変わったトライアルも紹介されました。

ホテル宿泊者向けに無料で貸し出されるスマートフォン「handy」に、JR東日本アプリとJR-EAST Train infoをインストール。「短期の海外旅行のためだけにアプリをダウンロードするのはちょっと、という訪日外国人観光客を主たるターゲットとして2019年9月から翌年3月まで実施したところ、ラグビーワールドカップ開催期間中や台風が来た際は特に利用が多く、一定のニーズがあることがわかりました。」(鷲谷氏)

また、観光型MaaSの実証実験を2019年4月の伊豆をスタートに各地で展開していますが、2021年4月からは、「東北デスティネーションキャンペーン」の開催に合わせて「東北MaaS」を展開予定です。プラットフォーム強化では、NTTドコモの「モバイル空間統計®人口マップ」と連携して観光型MaaSで提供している地図上に混雑状況を重ねて表示できるようにしたり、小田急グループなど他の公共交通事業者へリアルタイム経路検索を提供するなどもしています。

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観光MaaSでは様々な地域で実証実験を行っている。

そして、MaaSの取り組みは東日本というエリアを超え、京阪ホールディングスが実施する「奥京都MaaS」の実証実験にモビリティ・リンケージ・プラットフォームを提供したほか、JR西日本のMaaSアプリ「WESTER(ウェスター)」との連携の検討も進めています。

MaaSは手段であるという当たり前がわかるまで

鷲谷氏はこれまでMaaSに取り組んできた2年間で、以下のような気づきがあったと言います。

一つは、MaaSのサービス提供はアプリでなければならないのかということ。ウェブでサービスを提供するとプッシュ機能が使えないといったデメリットはありますが、短期の旅行のような場合にアプリをダウンロードしてもらうのはやはりハードルが高いことから、今のところ、日常的に使うサービスはアプリで、一時的な観光はウェブでといったように使い分けるのがいいと考えています。

また、機能満載のスーパーアプリが必要というより、使いたい時に使いたいものがすぐ使えればいいのではないか。そのためには使えるサービスをつないでいくことに重点を置く方が大事であること。また、決済についても日本は1円単位で運賃を支払う仕組みがあるためすべてがサブスクリプションでなくてもいいが、観光客など不慣れなお客さまにとってはサブスクリプション型のサービスは便利なので、これもニーズに合わせて用意すればいいのではないかなど、いろいろ発見があったと言います。

「様々な取り組みの中で、MaaSの真の目的は課題解決だということも痛感しました。MaaSは手段であるという当たり前のことに最初の頃は気づかず、ある自治体にいきなり「MaaSをやりましょう」と提案してキョトンとされてしまい失敗した経験があります。

まずは解決したい課題を関係者と共有するところからスタートし、テクノロジーの話はそのあとにするのがアプローチの順番としては正しい。その反省を生かして、地域との地道な対話を通じて、本当に使ってもらえる、未来につながるサービスを生み出していきたいと考えています。」

理想の実現に向けて一緒に悩める関係でありたい

鷲谷氏の話は前後編に分けて行われ、インターミッションやトークの間も数多くの質問やコメントが寄せられました。なかでも印象的だったのは、アプリやサービスを通じて取得したデータの活用をどうしているかという質問への回答。

JR東日本ではSuicaも含め多くのデータを扱っていることから、その活用については長年の課題としており、データマーケティング部門も設けられています。しかしながら、データを活用するのは言うほど簡単ではなく、組み合わせやプライバシーへの配慮、人材育成や体制づくりなど、活用方法についてはまだ悩みながら試行錯誤しているところだと言います。

「今回お話ししたのはかっこいい話ばかりではなく、私の仕事も地道な作業の繰り返しです。コンソーシアムのみなさまといろいろ連携できることがあると思いますが、最初から明確な目標を決めて何かを作り込むというよりは、軽い連携からスタートして様子を見ながら、という進め方ができるとありがたいです。テクノロジーやサービスはあるので、それをどうにかしたいという切り口でもいいですし、機会があればお話だけでもさせていただきたい。理想のMaaSの実現に向けて、ぜひ皆さまとご一緒に悩みながら考えていきたいと思っています。」

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MONETコンソーシアム事務局より

今回のExpert Pitch、いかがでしたでしょうか? 東日本エリアのみならず全国でビジネスを拡げ、同業他社も含めた多くの企業と連携しているというお話は、とても刺激になったのではないかと思います。MONETコンソーシアムを通じてぜひ連携の機会へとつなげられるよう、我々もサポートしてまいりますので、引き続きご協力のほどよろしくお願いいたします。